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 Jから添付画像付きのメールが来た。

 多分照れ屋のJの事だから今年のお盆をどうするのかと言った内容を電話では出来ずにメールで送ってきたのだと思っていたら、、これだ。

 本文は「兜合わせ。こんなのも好きだろ?」・・・ったくお前はガキか、、悪ぶるのもいい加減にしろ。
 実家に一人で帰る勇気もないくせに。chikaは暫く旅行が続くからパパリンに顔を見せたかったら自分一人で行けよな。

 ・・・Jからのメールが刺激になったわけでもないけれど、二人の子ども時代のことを考えていたら、手塚治虫氏の「火の鳥」のある場面を又思い出した。

 猿田彦の醜い鼻を吸う、。。

 chikaは少女漫画も少年漫画も青年・成人コミックの類も駄目な人である。時々、この人って凄く才能ある?って惚れ込む時もあるけれど、基本的に堪え性がないから連載の形になるものは苦手なのだ。
 「板橋しゅうほう」とかchikaの書くSF系ストーリーに影響を与えた人だっているから漫画自体が嫌いじゃないんだけどね。
 でも最近じゃ漫画が文庫本化されてるから「まとめ読み」が出来るのが嬉しい。

 そんなこんなで待合室に置かれてあった「火の鳥」を手にした。chikaのこっち系の仕事仲間で「火の鳥」を全巻揃えるような娘はいないから、これは男性陣の趣味なんだろう。
 手塚治虫氏の作品の中には、氏の曖昧なジェンダー描写が醸し出す極めてエロチックな要素がある事を何人もの人々が指摘してる。例えば治虫氏の名サブキャラである変装名人のロックの見事過ぎる女装など、、。

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  「アトム」や「リボンの騎士」という子ども向きのメジャーな作品でもそうだし、勿論性転換の為の人工皮膚を扱った「地球を呑む」などに至ってはその傾向は極めつけだ。

 氏のライフワークであった「火の鳥」にもその傾向が見られる。黎明編では、蜂に刺されて醜く膨れ上がった猿田彦の鼻をナギ少年が、船の中でずっと嘗めてやる描写があって凄くドキドキさせられる。
 「このまま、ずっとこうしていてあげるよ。」と言いながら、小柄で女性的な美少年であるナギ少年が巨漢の猿田彦に覆い被さって眠るのだからたまらない、、。
 己の醜さ故に、女性と縁のなかった猿田彦と、男性故にその猿田彦を拒否しなかったナギ少年。
 しかしこのナギ少年は性的に見てまだ未分化であり、その外見からはむしろ男装の少女を連想させられる存在だ。
 さらに猿田彦の巨大な鼻はどう見ても男性器の隠喩である。大海原をたった一隻の小舟で流されてゆく醜い大男と性愛をまだ慕情の現れだと思っている少年という名の少女。
 ・・まあこれぐらいの分析など誰でも出来る。
 実際に漫画を読んで読者が感じるのは、おそらくそちらのチャンネルなのだろうから。

 改めて驚かされるのは手塚治虫氏が、そのようなシーンをこれほどにメジャーな作品群の中に、すんなりとはめ込んで来たという事実である。
 「MW」などの成人向け漫画の領域では、この一種の「性の変容」テーマはビジュアルとして何度も露骨に登場する。この前のエントリーで上げた病院の待合室で手塚治虫氏の「刑事もどき」を読む機会があった。
 ちょっと知○足りずとも思えるタフガイ段袋刑事(「地球を呑む」の主人公関五本松とよく雰囲気が似ている)と元サギ師・大枚田助五郎(何となく女性の匂いのするキャラ)のコンビの謎解き物語なのだけれど、これもモロ。
 短編「エムレット」では『真夏の夜の夢』に使われる女性の肉襦袢を男性が身につけての目眩ましシーンが大きなコマでどーんと登場するし、動物の被り物を無理矢理相手に被せての偽溺死etc、手塚フェチマインドが全開だった。
 氏がもう少し生きていれば、こーゆー時代なのだから氏自身が秘めたものを堂々と解き放った成人漫画を描いていた可能性もあったのに残念なことだ。

 ・・そういえばウォルト・ディズニーがホモだったというゴシップが昔あったのも有名だけど、、。
 手塚治虫氏は宝塚歌劇ファンだったそうだ。

PS そんなこんなで今日から二日ほどお出かけです。元気してたら「プププのプゥだぜい」で、現地レポ書いてるかも知れません。一度覗いてやって下さいませ。

 PSのPS、「兜合わせ」ってオチンチン同士を二本合わせて弄り倒す技です。亀頭部分が兜に似てるので「兜合わせ」です。(そ言えばダース・べーダーのヘルメットって、、。)
 兜合わせが好きかどうかって?まあ嫌いじゃないですよ、、 ただしchikaの場合これは好感の持てる相手でないと成り立たないですね。弄れば勃起するってものでもないし、、。